はじめに 『元素周期表で世界はすべて読み解ける』

 

周期表と京都の美しい関係


突然ですが、みなさん、京都の街をお散歩したことはありますでしょうか。

実は、周期表の魅力に惹かれるようになった私の原点は、京都の街にあったと思うのです。

 

ご存知のように京都は、東西に走る通りと南北に走る通りが垂直に交差する、碁盤の目のような都市になっています。

私は、そんな理路整然とした街並みの中で生まれ育ちました。

 

京都の繁華街の中心部は四条河原町です。

南北に走る河原町通りと東西に走る四条通りが交わる場所なので、四条河原町といいます。

 

私は四条河原町から河原町通りを北に向かって散歩するのが、お気に入りのルートでした。

歩を進めていくと、河原町三条、河原町二条を通り過ぎ、やがて北端の葵橋に至ります。四条通り、三条通り、二条通りと、通りの名前の数が少なくなるにつれて、北方のずっと遠くに見えていた比叡山が、次第に近く、大きく見えてくるようになるのです。

こうした京都の街並みが描き出す秩序は、幼い私には、何とも心地よく感じられるものでした。

 

その後、京都を離れ、東京の大学に進むことになります。

大学では量子化学を専攻しました。

量子化学とは、電子の軌道を理論的に計算することにより、実験に頼ることなく化学反応の本質を解き明かす学問です。

 

量子化学の研究に打ち込んでいたある日、押入れの中から高校時代の化学の教科書が出てきました。

懐かしいなと思って久しぶりに紐解いてみると、巻頭に掲載されていた周期表が目に入った瞬間、しばらく忘れていた故郷の京都の街並みが脳裏にフラッシュバックしてきたのです。

 

なぜ、そんなことが起こったのか。

その理由は、周期表で示された秩序が、京都の世界観と見事なまでに共通していると感じたからです。

京都に住んでいた高校時代にはちっとも気づきませんでしたが、量子化学で元素の性質を理論的に理解した上で、改めて周期表を眺め直すと、美しい秩序は京都の街並みそのものなのです。

 

例えば、周期表の右から2つ目の列には、ハロゲンと呼ばれる元素が縦に5つ並んでいます。

フッ素、塩素、臭素、ヨウ素、アスタチン……。

これが、私にとっては河原町通りに感じられてならないのです。

 

ハロゲンは、周期表の中で、ひとつずつ上の段に上るごとに、元素の性質が少しずつ変わっていきます。

これが、河原町通を北に向かうと少しずつ比叡山が近づいてきたのと、実によく似ていると感じさせるのです。

 

京都の街並みと重ね合わせると、元素が織りなす均整のとれた秩序や、それを見事に表した周期表が何とも愛おしく感じられます。

少なくとも私にとっては、周期表への愛着の根底に、こうした秩序の美しさに惹かれる思いがあるような気がします。

 

具体例としてハロゲンをあげましたが、周期表で最も右端の列の希ガスや、最も左端の列のアルカリ金属、左から2番目のアルカリ土類金属など、特に周期表の両サイドを占める元素はこのような秩序を持っています。

だからこそ、周期表を眺めるたびに、私は河原町通りを散歩した原体験がいつも脳裏にフラッシュバックするわけです。

 

このように素敵な魅力を持っていて、心が惹かれる麗しい存在・・・。

これが、元素周期表に対して私が抱いているイメージです。

 

でも、とても残念なことですが、周期表に対してこのような印象を持っているのは、私だけかもしれません。

あなたは、元素周期表といえば何を思い浮かべるでしょうか。

おそらく、高校の化学の授業で学んだときのことを思い出す方が多いはずです。

 

「元素を暗記するのが面倒だった」

「周期表がうっとうしくて化学が嫌いになった」

「勉強が大変で、この世に周期表なんて無ければいいのにと思った」

といった、否定的な感想をお持ちの方のほうが圧倒的に多いのではないでしょうか。

 

「周期表って、本当に面白いよね」とか、「高校時代は、周期表にロマンを感じたものだよ」などと話す人には、私は今までお目にかかったことはありません。

実際、私自身も高校生のときは、まったく面白みを感じませんでした。

 

今にして思えば、高校の化学の授業で周期表の魅力を感じ取ることができなかったのは、周期表の教え方に、致命的な欠陥が2つあったためだと私は考えています。

 

ひとつめの欠陥は、私たちにとって周期表がとても役立つものだということを充分に伝えられていないということです。

現状の周期表についての教育には、この視点が大きく欠落していると感じます。